

2024年度の介護報酬改定で新設された『口腔連携強化加算』
提携歯科医院とともに訪問歯科サービスを展開する弊社ではこの加算の持つ意義に共感し、訪問看護や訪問介護の事業者さまへ加算の協力を行うべく、働きかけを行いました。
弊社の実施した取り組みの内容を紹介し、口腔連携強化加算の課題を考えてみたいと思います。
口腔連携強化加算とは、介護事業者が歯科専門職と連携し口腔衛生状態や口腔機能の評価を行い、歯科医療機関およびケアマネジャーへ情報提供をすることで算定できる加算です。
厚生労働省の社会保障審議会・介護給付費分科会(令和5年11月27日)で示された「口腔・栄養(改定の方向性)」のおいて、「論点① 訪問サービスと短期入所サービスにおける口腔管理の連携に対する評価」にて言及されている内容
高齢者は歯科治療が必要である者においても、治療が行われていない現状がある。特に在宅療養者においては、治療が行われていない割合が多い。
訪問サービスや短期入所サービスにおいては、口腔に問題がある利用者の把握や歯科医療機関との連携における評価はない。
歯科医師に対して利用者の口腔に関する情報提供を行った介護支援専門員は約3割であり、情報提供しなかった理由として、「担当する歯科医師に伝えるべき情報を取得していないため」であった。
歯科医療従事者に相談できる環境が口腔アセスメント実施を促している可能性があるとした報告もある。
在宅療養者において個々の口腔の状態を効率的に把握し、適切な口腔管理や口腔の状態の改善の取組につなげていく観点から、どのような対応が考えられるか。
このように、要介護高齢者の歯科とのかかわりの希薄さが分科会でも取り上げられており、大きな課題となっています。
この分科会の参考資料として取り上げられていた日本歯科医学会の研究結果でも、歯科治療が必要な要介護高齢者が必要な歯科治療を受けていない実態が浮き彫りとなっています。
要介護高齢者(N=290,平均年齢86.9±6.6歳)の調査では、歯科医療や口腔健康管理が必要である高齢者は64.3%であったが、そのうち、過去1年以内に歯科を受療していたのは、2.4%であった。
事業所の従業者が、口腔の健康状態の評価を実施した場合において、利用者の同意を得て、歯科医療機関及び介護支援専門員に対し、当該評価の結果を情報提供した場合に、1月に1回に限り所定単位数50単位を加算する。
⇒ 情報提供は「別紙様式6等により提供すること」とされている
⇒ 評価は(単一月のみではなく)継続的に実施することとされている
⇒ 歯科医療機関と介護支援専門員両方に対して提供が必要
事業所は利用者の口腔の健康状態に係る評価を行うに当たって、診療報酬の歯科点数表区分番号にC000に掲げる歯科訪問診療料の算定の実績がある歯科医療機関の歯科医師又は歯科医師の指示を受けた歯科衛生士が、当該従業者からの相談等に対応する体制を確保し、その旨を文書等で取り決めていること。
⇒ 協定書などで取り決めておくことが望ましいと思われる
⇒ 連携する歯科医療機関は複数でも可
*次のいずれにも該当しないこととして以下の要件が示されている
つまり、
デイなどで半年に1回算定される口腔・栄養スクリーニング加算(Ⅰ)が当該利用者で算定されていないこと、訪問歯科で算定される居宅療養管理指導(初月を除く)が当該利用者で算定されていないこと、他事業者で口腔連携強化加算が当該利用者で算定されていないことが要件となっている
口腔連携強化加算の算定を行う事業所については、サービス担当者会議等を活用し決定することとし、原則として、当該事業所が当該加算に基づく口腔の健康状態の評価を継続的に実施すること。
評価は「口腔の健康状態の評価及び情報提供書」として様式が例示されているが、評価項目として以下の8項目が挙げられています。
*いずれも「ある」「ない」、「できる」「できない」など2択で回答
* ⑦と⑧については未実施可
口腔連携強化加算は、介護事業所が口腔の健康状態の評価の方法や在宅歯科医療等について歯科医療機関に相談できる体制を構築するとともに、口腔の健康状態の評価の実施並びに歯科医療機関及びに介護支援専門員への情報提供することを評価したものである。
これにより、利用者毎の口腔の健康状態の把握並びに歯科専門職の確認を要する状態の利用者の把握を通じて、歯科専門職による適切な口腔管理の実施につなげることが目的である。
情報を提供された歯科医療機関については、介護事業所から情報を提供された場合は、必要に応じて相談に応じるとともに、歯科診療等の必要な歯科医療提供についても検討する。
特に、歯科医師等による口腔内等の確認の必要性が「高い」場合は、情報提供した介護事業所及び当該利用者を担当する介護支援専門員等に利用者の状況を確認し、歯科診療の必要性等について検討する。
歯科医師等による口腔内等の確認の必要性が「低い」場合は、基本情報も含めて確認し、不明点等がある場合や、追加で必要な情報がある場合は、情報提供した介護事業所及び当該利用者を担当する介護支援専門員等に問い合わせる等の必要な対応を実施する。
加算を取得するためには届出書を記載して各都道府県にある地方厚生局に提出する必要があります
⇒ 連携医療機関が変更になったりしても再度の届け出は不要
⇒ 協定書などの文書は提出不要
弊社は提携歯科医院とともに長らく訪問歯科サービスを展開してきました。
在宅で介護を受けられていらっしゃる方やそのご家族に寄り添いたいという思いから、特に在宅の訪問にフォーカスしてきました。
患者さまの口腔内を目にするにつけ、われわれにとっても「在宅で介護を受けられている方の歯科とのかかわりの希薄さ」はずっと以前から強く感じてきた課題でもありました。
口腔連携強化加算の新設は、そのような状況にとって僥倖とさえ言えるように感じた出来事でもありましたし、その意義についても共感できる部分は大きいものでした。
しかし逆に、加算の要件や算定単位数などを見ると、加算を算定する事業者にとって算定のハードルは低くはないとも感じました。
本来、この加算は算定を行う介護事業者側が主体的に算定できる体制を整えて実施すべきものです。
ですが、介護事業者が加算を算定しようとすると、まず連携してくれる歯科医院を探すことから始まり、スムーズな事務手続きやオペレーションという課題にも向き合う必要があり、算定単位数が50単位/月であることも考えると、積極的に算定しようという介護事業者はそれほど多くないと想像しました。
そこで考えたのは、歯科医療側が積極的に協力を行うことで加算のハードルを下げられるのでは?ということでした。
介護事業者が口腔連携強化加算を算定するためには、訪問歯科の実績がある歯科医院との連携が前提です。
その連携を、こちら側から近隣の訪問看護、訪問リハ、訪問介護などの事業者に対して打診しました。
「連携しませんか?」というただの声かけだけではおそらく手を挙げてくれる事業者はほとんどないと考えていましたので、加算の算定に向けたできる限りの協力を行うことにしました。
事業者へのご案内は、資料を用意し、直接おうかがいしてお話しさせていただきました。
弊社が行った具体的な協力内容は、
連携歯科医療機関として連携すること
歯科側より連携を打診することで、介護事業者は連携歯科医院を探す手間は不要となります(もちろん医院が事業者にとって連携に値する相手であることは前提ですが)
介護事業者と歯科医院とで取り交わす連携協定書の用意
協定書も地味に手間です。
フォーマットを作成するのも手間ですし、相手に押印してもらって双方保管という事務処理も手間です。
これも事業者側の負担を減らして差し上げることになります。
口腔連携強化加算についての利用者向けリーフレット提供
加算にともない、利用者へは同意を得る必要があります。
その際にお渡しいただくための案内用リーフレットです。
口腔評価を簡単に実施することができるWebツールの提供
口腔評価の各項目は2択とはいえ、紙ベースで実施しようとすると記入やファイリング、送信(FAX)の手間も伴います。
簡単なWebツールを利用してスマホで評価していただけるものです。
こういった加算への協力を行い、連携の用意がある旨を、近隣の訪問看護、訪問リハ、訪問介護などの事業者に対してアナウンスしてみました。
結果から言うと、反応は非常に厳しいものでした。
介護事業者と直接お話しし、在宅の要介護高齢者の歯科とのかかわりの希薄さについての話題を取り上げると、どの事業者でも利用者の口腔内の問題に危機感や課題を感じられていることはうかがえます。
口腔内に意識が向きづらい現状があったり、歯科受診をあきらめてしまっている現状があったり、受診をしたいという意向があってもどこの歯科医院にお願いしたらいいのかわからないという現状があったりというお話は聞くことができました。
歯科の重要性はどなたも認識されていて、誤嚥性肺炎をはじめ様々な疾患とのかかわりが指摘されていることも理解されているので、制度の趣旨についてはおおむね共感を得られる感じはあり、取り組みに対しては興味を持って話を聞いていただけ、受け止め方はポジティブなものだと思いました。
ですが、実際に加算を算定するところまで行くかといえば、みなさん二の足を踏んでしまう状況はあるようです。
取り組みを行った期間は短く、声かけして連携を打診してみた事業者は少なかったため、もう少し粘り強く取り組めば違ったのかもしれませんが、加算の算定を検討してみようという事業者は1件もありませんでした。
加算自体に色々な縛りがありメリットも少ないこともそうですが、新設されて間もなくどこも算定していない加算であるため情報も少ないことも影響しているのでは?とも考えています。
(声かけした事業者で、算定を検討したことのある事業者はありましたが、実際に算定を行っている事業者は皆無でした)
訪問歯科を行う歯科医院のホームページに口腔連携強化加算についての案内を掲載して「連携します」とアピールしている医院も散見されますが、おそらくその程度の周知のみで加算を喚起することは現状では相当難しいのではないかと思います。
前項で書いた通り、弊社が取り組みを行った限りにおいては、事業者は口腔連携強化加算の算定には消極的であると言えると思います。
これはひとえに、加算の算定にかかわる手間や縛りの多さに対して得られるメリットが少ないということだと思います。
介護事業者もボランティアではありません。
「要介護高齢者の歯科とのかかわりの希薄さ」という課題を解決していくという加算の大義については共感を得られるものの、算定をグッと後押しするメリットは少ないのです。
取り組みを通じて見えてきた口腔連携強化加算の課題や問題点を整理してみたいと思います。
手間や縛りが多いとしても、算定できる単位数がそれに見合うものであれば積極的に算定しようという事業者も増えるはずです。
ですが、口腔連携強化加算の算定単位数は利用者ひとりあたり月に50単位と、非常に低い単位数となっています。
制度の運用が進み、それなりの効果や実績をあげることができてくれば、次回以降の点数改定で単位数のアップもありえるのかもしれませんが、現状のこの単位数では事業者の積極的算定を後押しするには不足と言わざるを得ません。
口腔連携強化加算の算定要件として、事業者職員が利用者の口腔評価を行う必要があります。
口腔評価の内容は様式が例示されていて、評価項目として8種類の項目が挙げられています。
いずれも簡単な評価で「はい」「いいえ」や「できる」「できない」などの2択で回答できるようになってはいますが、8つの評価をしっかり実施しようと思うとそれなりに時間はかかります。
さらに、どういう基準で評価するべきなのかは十分示されていないので、評価者の習熟度によって評価はまちまちになります。
評価の精度はさておき、ケアマネや歯科医院に情報提供をすること自体に意味があるという考え方もできますが、やはり実施する評価者にとっては判断に迷う場面も当然あるでしょう。
この口腔評価についての運用は、連携する歯科医院からの協力は欠かせないと思います。
評価のものさしとなる参考画像を用意したり、評価の実施方法についてレクチャーを行うなど、歯科医院からの積極的な協力が望ましいと思います。
口腔連携強化加算には以下のような算定要件があります。
このうち、3つ目の居宅療養管理指導との重複算定禁止規定。
加算の運用では、介護事業者が口腔評価を行い、ケアマネや歯科医院に情報提供を行います。
評価内容で口腔内に何らかの問題を抱えているとなれば、当然利用者は訪問歯科を受診することもあると思います。
もちろん必要な歯科治療が行われることはこの加算が意図したことで望ましいことなのですが、訪問歯科診療を提供する歯科医院は多くの場合居宅療養管理指導を算定することになります。
とすると、介護事業者は口腔連携強化加算を算定できないことになります。
つまり、介護事業者が加算を算定するために利用者の同意を得たうえ口腔評価を実施して歯科医院に情報提供しても、訪問歯科受診となれば算定のメリットはなくなってしまうわけです。
訪問歯科で提供される居宅療養管理指導において専門職による必要な実地指導が行われていれば、口腔評価の必要性も低くなるのはその通りなのでこの重複禁止規定は理解できますが、この構図にはいくぶん矛盾も感じてしまいます。
重複禁止規定についてもうひとつ言えば、
口腔・栄養スクリーニング加算(Ⅰ)や他事業者の口腔連携強化加算との重複禁止もそうですが、重複算定がないかの把握の手間も結構負担な気もします。
特に、給付管理(支給限度額管理)対象外のサービスで実質医療機関主導でサービスが選択される居宅療養管理指導は、ケアマネさんが利用状況を把握しづらい介護サービスです。
重複算定の把握漏れも起こりやすいと思うので、居宅療養管理指導を算定する歯科医院側から介護事業者側に注意喚起があってもいいかもしれません。
口腔評価の情報提供についても、ケアマネと歯科医院両方へ行う必要があります。
弊社ではWebツールを利用した方法を提案しましたが、紙ベースで行えばFAX送信、ファイリングなどの手間も伴います。
適切な手段を用いて効率的なオペレーションを工夫する必要があるでしょう。
口腔連携強化加算のサービス提供に先立って、利用者ひとりひとりに対してサービス提供の同意を得る必要があります。
同意書についても用意しておく方が望ましいですし、サービスを説明するための案内書もお渡しすることが望ましいでしょう。
利用者によっては介護サービスを限度額いっぱいまで利用されている方がいらっしゃると思うので、その場合にはケアマネとのサービス調整が必要になります(というより、他のサービスを中止して50単位の口腔連携強化加算を盛り込むというのは現実的でない気がします)
口腔連携強化加算の課題 まとめ
このように、
口腔連携強化加算が多くの介護事業者に広く利用される状況になるには課題が多いと言えます。
手間や負担の大きさに比べてメリットが少ない現状では、介護事業者の良心や使命感に頼る部分も大きいと言ってもいいのではないでしょうか。
今後の点数改正での算定単位数の上乗せや制度の立て付けの見直しも期待したいところです。
連携歯科医療機関として口腔連携強化加算への協力を行うことの医院側のメリットは在宅集患ということになると思います。
実際、口腔連携強化加算への協力を模索する歯科医院も増えています。
ですがここで書いたように、介護事業者にとって口腔連携強化加算の算定を行うことはなかなかの高いハードルであり、歯科医院が介護事業者との連携を行うことは簡単ではありません。
間違いなく言えることは、
「連携しませんか?」というただの声かけだけでは厳しいということ。
少なくとも、連携における協力の内容を熟慮する必要があります。
実際の運用上の協力(口腔評価の情報提供を受けたあとの対応)だけでなく、介護事業者側の算定へのハードルを少しでも下げるための協力を惜しまない利他的な姿勢は必須になってくると思います。